東京地方裁判所 昭和25年(ワ)7654号 判決 1953年8月28日
原告 山田泰明
右代理人 小沼秀之助
被告 大坪準三
右代理人 松田真男
主文
被告は、原告に対して金四千円及びこれに対する昭和二十六年一月二十日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告の負担とす、この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。
理由
被告は、本件家屋の所有者であつたが、昭和二十年六月一日これを原告に賃貸した事実、被告が昭和二十三年九月二十四日原告主張のような訴を提起した事実、被告が昭和二十四年九月二日の口頭辯論期日に右訴を取り下げ、原告がこれに同意した事実は、当事者間に争がない。
ところで、原告は、被告が右訴において請求原因として主張する賃料延滞の事実、原告と被告の間の本件家屋の賃貸借契約には同居人をおかないことを特約してあるという事実、被告が本件家屋を自ら必要とする事実は、いずれも虚偽のものであり、単に原告を追い出すために作為したに過ぎないから右訴の提起は、権利の濫用であり、不法行為を形成すると主張するが、右原告の主張事実を肯定するに足る証拠がないから、被告の訴の提起を目して権利の濫用とすることはできない。従つてこの点に関する原告の請求は、理由がない。
次に被告が昭和二十三年二月二十八日本件家屋に対し原告主張のような仮処分を執行した事実は、当事者間に争がない。而して成立に争のない甲第六号証、乙第八、第十号証及び被告本人の供述を総合すれば、原告は、本件家屋を特定郵便局の局舎として使用していたところ、前記家屋明渡の訴訟の係属中にたまたま政府が特定郵便局の局舎を国有とする方針をとることに決し、被告から本件家屋を買い上げることになつたので原告、被告及び郵政省の係員が話し合つた結果、被告が前述のように訴を取り上げ原告がこれに同意した事実、本件家屋は、おそくとも昭和二十四年十二月末日までに政府に買い上げられた事実、被告は、昭和二十六年二月七日本件家屋に対する前記仮処分の解放を申請し、同年五月十五日仮処分が解放された事実を認めることができる。
ところで債権者が仮処分の執行を継続すべき理由が消滅した場合に、直ちにその解放をしないでこれを放置し、仮処分の執行を継続せしめたときは、債務者は、これによつて生じた損害の賠償を債権者に対し請求することができる。本件家屋は、おそくとも昭和二十四年十二月末日までに政府に買い上げられたのであるから、被告としては、右買上と同時に前記仮処分の執行を継続すべき理由が消滅したものというべく、従つてその後遅滞なく右仮処分を解放すべきものであつた。然るに被告は、昭和二十六年二月七日に至り漸くその解放を申請し同年五月十五日解放されたのであつて、被告が右買上後一年余に亘り、仮処分の執行を継続せしめたことは違法である。
而してその間原告がこれによつて精神上打撃を蒙つたことは、これを容易に推知することができる。故に被告は、原告に対し相当の慰謝料を支払う義務があるといわなければならない。
しかしながら右の場合に、原告としては被告が仮処分の解放をすることを待つていないで、自ら進んで仮処分の取消を求め、損害の範囲を軽減することができたのであるが、原告がその手段をとらなかつたのは(原告が上記手段をとらなかつたことは、口頭辯論の全趣旨からこれを認めることができる。)結局他人の不法行為に対し通常人のとるべき損害排除の手段に出ないで損害を過大にしたものというべく、損害額の算定につき参酌すべき過失があるといわなければならない。なお被告本人の供述によれば、原告は、現に特定郵便局長である事実を認めることができる。この事実と前記原告の過失とを参酌し被告が原告に支払うべき慰謝料は、金四千円を相当と認める。
よつて原告の請求は、右の限度においてこれを認容し、他は、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条本文、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大橋進)